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つれづれ
オーナーの井手芳弘がつれづれに書いてます。毎月一回くらいのペースで掲載していきたいと考えていますので、よろしくお願いします。



133 秋なのにお月さまを追いかけずにお日様を追いかける
132 視覚(思覚?)
131 移り変わり
130 秋は空と影の季節?
129 ちょっと紹介します。
128 月山研修 Part2
127 月山研修
126 ある夕暮れの雲の移り変わり
125 静まっていくもの、響くもの
124 夏至を祝う者たち
123 摩天楼 skyscraper(空をひっかくもの)
122 ハナミズキとヤマボウシ
121 花と葉
120 春の発見
119 ヴィンターさんワークショップ
118 教室作品展
117 ラウターヴァッサーさんでの研修
116 ニーダーさんでの研修
115 ドイツ行2009
114 時が止まるとき
113 すがすがしい青
112 枯れ
111 枯れと光
110 波間
109 自然の息吹
108 秋の祭り
107 ヨハネス・キュールさんの講座
106 虹色の雲の故郷
105 虹の輪っか
104 虹を探しに:お日さまの周りの虹たち
103 虹を探しに.光の網
102 虹を探しに
101 虹の真珠たち
100 滝と虹
99 虹の色
98 一休み
97 君の虹 ボクの虹
96 虹の大きさ
95 虹を探しに
94 旅行のまとめ
93 記憶が輝き始めるとき
92 やっとやってきたノーザンライト
91 しばしの日向ぼっこ
90 羊飼い3
89 羊飼い2
88 羊飼い1
87 たどり着いたらそこは残り火
86 家作りのこと
85 水の誘い
84 夕焼けの競演
83 ウサギたちの驚き 後編
82 ウサギたちの驚き
81 風呂敷の空
80 彩雲と暮らす日々
79 お日様の働き
78 蓮の精たち
77 トロイの木馬を求めて
76 昼間に満月を探すこと
75 再び光の館へ
74 水の心
73 私の仕事場
72 ライアの講座
71 やっぱり 桜との戯れ
70 疲れたよ〜
69 白い妖精たちとの日向ぼっこ
68 ドイツ旅行<メルヘンの教訓>
67 何とか間に合った!(?)
66 一休み
65 結局また来てしまった…パート2
64 結局また来てしまった…
63 影と地平線
62 流れ
61 逃がした魚は大きい
60 秋の道草
59 お月様いくつ?十三七つ
58 フラッシュバック
57 自己研修
56 それは決まってカメラを置いてきた時
55 光の夢
54 夏の夕暮れの夢
53 夏の祭り
52 日々の楽しみ
51 青い風と白い蝶
50 相変わらず若葉酔い
49 若葉の迷い
48 水の命
47 再び影との語らい
46 トリオ
45 ドイツ語
44 ニュールンベルク玩具メッセ
43 影を追いかける
42 日向ぼっこ
41 ハレ
40 浄化の火
39 迎え火
38 ただ何となく
37 秋の展覧会
36 つれづれってる(?)今日この頃
35 物作り
34 空は開けた
33 ゴジラたちのふるさと
32 影送り
31 ある夏休みの日々
30 子供たちの絵
29 教室の子供たちとのこと
28 梅雨は青い帽子をまとって
27 海の散歩でのつぶやき
26 撮影したいもの
25 新芽
24 春の目覚め
23 トイ・メッセ
22 ペロルのルーツ
21 ドイツ旅行・2
20 ドイツ旅行・1
19 そうそれはある一日
18 冬に悩むこと
17 冬の日ざしの下で
16 煙の色は七変化
15 虹の中心を探しに行こう
14 おまつり
13 思い違いと秋の影
12 秋の日の水日溜りにて
第11回
第10回
第9回
第8回
第7回
第6回
第5回
第4回
第3回
第2回
第1回



 
91 しばしの日向ぼっこ




突然、羊飼いなどとわけのわからないお話を書き始めてしまい、皆さんを面食らわせてしまったのではないか、と思っています。

私にとっても初めてのお話でした。

でも、どうしようもなかったのです。クリスマスごろから、自分の中に羊飼いの少年が住みついていて、それを形にしなければという思いにとらわれて、書いてしまいました。初めは漠然とした全体の筋だけが浮かび、書いていくうちにそのイメージはどんどん膨らんで具体的になり、一度で済ませようとしたお話が伸びに伸びて、3回シリーズになってしまい。最後はクリスマスの光と雰囲気が去っていく前に何とか書き上げてしまいました。

終わって、なんだかしみじみしています。これは、単にお話が終わったせいだけではなく、新しい年の始まりとして(旧暦)世界が生まれ変わろうとする雰囲気に包まれているせいでしょうか。




書いたかどうか忘れましたが、中秋の名月の夜私は寝袋を取り出して、自分の家の田んぼに寝てみました。それは、なんともいえない安心感がありました。なぜって、どんな変わった行為をしても(私としてはまともな行為なのですが)その場所から追い出されることはないからです。自分所有の場所を持つっていいものだなあって時々思います。そんなとき、私は祖父と彼のみかん畑を思い出します。かれは、畑の片隅に小屋を立て、畑の斜面で見つかる石を拾い上げてはそれを石垣のように積み上げ、斜面の畑を少しでも平らにしようとしました。その石垣のところにはイチゴが植えられていました。みかんの木の下にはわらを敷き詰め、歩くとふわふわした感じがしたのを今でも覚えています。道路で猫がはねられているのを見ると、祖父が道路ではねられた猫を肥料袋につめては、山に持って行き、畑の土の中に埋めていたのをよく思い出します。畑の手伝いにつれて行かされると、大きくなったみかんの木に周りの世界がすっぽり隠れてしまい、まったく別の世界がそこにあったような印象が残っています。


自分の畑や田んぼを持っているお百姓さんは自分の場所であるという安心感とともに、外の世界に引きこもれたのではないか、と思います。

農業のことを英語でアグリカルチャーといい、カルチャーという言葉が入っています。これは耕すという意味合いも入っています。カルチャーの中にはカルトという言葉が入っていて、これは宗教儀式という意味合いも入っています。つまり、お百姓さんは自分の田んぼで宗教儀式をしているようなものかもしれない、とも、思ってしまいます。

最近人によく、オープンの居場所の話をします。私自身、思春期は周りの人たちとほとんど話ができない(女の子とは特に)子どもでしたから、何かあるとこもっていたのですが、広い世界でこもりたい、という欲求が強く、人影のない、堤防で遮られた川や海で、佇むことがあまりに多かったように思います。そうこうしているうちに、自分の趣味が日向ぼっこになっていったように思います。

そう、話が長くなってしまいました。



今は、特に日向ぼっこに最適な季節だな、とよく思います。

たぶん、今は創造性に満ち溢れた光が降り注いできているからなのではないか。とシュタイナーの学びをして思います。これから、春にかけて植物を芽吹かせ、葉を広げ枝を伸ばし、花を展開させていくその力がこの光の中に含まれているのではないか、って思っています。だから、いろんなことを計画したりするのに最適な季節ではないかって。

長年の日向ぼっこの体験から、ある印象が私にあります。

春の降り注ぐ光は私の小さいころの母の実家のたたずまいを思い出させ、夏の輝く光は中高生のころの休みを思い起こさせ、秋の白い光は自分の生まれる前の昭和大正の武蔵野を思い起こさせ、冬の重い空と光は御伽噺が生まれたずっとずっと昔を思い起こさせる感じがあります。

まあ、要するに、日向ぼっこが好きだって言うことですよね。

日向ぼっこのコツは(コツなんてあるの?)お日様を見ないということです。お日様を見るよりも自分の目の前の草や木々を眺めること。そうすることで、そこに降り注いでくる光をより強く感じることができます。そのときに感じるのは、単にそこに降り注いできている現実的な光だけではなく、ずっとその植物たちを育ててきた光やそのほかの光を感じることができるように思います。人が緑を眺めるのがすきなのは、そんな感じを受け取っているからかもしれません。

まあ、要するに、日向ぼっこがすきだけど、する時間がなくて残念なんです。

日向ぼっこしたいなあ。



あっ、思い出した。次に書きたいのは、ずっと前から暖めているんですが、虹を見つけた、っていうお話です。
言ったら書けるかな〜?


08.02.01    井手芳弘 ide@perol.net